映画と映像とテクストと

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『ナイブズアウト〜名探偵と刃の館の秘密』を観た

2019年。ライアン・ジョンソン監督。スターウォーズ本編シリーズの中で唯一まともな映画を撮ったライアン・ジョンソン監督の作品ということで、見たいと思っていたが、なかなか見れなかった。ようやく見てみたが、とても楽しかった。

 

ミステリらしさが序盤に詰まっていて、しかもそれが凄いスピードで語られていく。自殺か他殺か不明な事件、一癖ありそうな名探偵、問題を抱えていそうな富豪の一家、カラクリ的な仕掛けのある邸宅、物言わぬ老婆、特殊な身体的性質、クラシカルなミステリ要素がふんだんに散りばめられて、それだけでかつてのミステリファンとしてはワクワクしてしまう。しかもそうした要素が矢継ぎ早に語られて、贅沢に次々と消費されていく展開は新鮮でもあり、決して凡庸な展開でもない。単に真相を焦らし続けるわけではなく、早々に主人公の行く末が気になるサスペンスとして盛り上がるところは実にキャッチーで楽しい。

 

現代の社会情勢を踏まえた点も面白く、正にトランプ的な排外的態度がサラッと皮肉られている。スマホ中毒でネトウヨになる子供は馬鹿にされていて、その親たる大人たちは移民である主人公に優しさを持っているように描かれているものの、ひとたびその親たちも当然だと思って享受している権利が侵害されると化けの皮が剥がれて、排外主義に転がり落ちる。その様子がとても分かりやすい。もちろんここで皮肉を言われ批判されているのは白人たちなわけだが、彼らが「自分の家」と思っているものを全く納得いかない形で奪われていく様子に、監督は全然同情や共感を抱いていないかというと、そうでもないような気がする。いやもちろん彼らに肩入れするつもりはないのだろうけど、彼ら白人たちの普通さや邪悪で無いこともまた、よくよく理解しているように思える。だからこその問題のややこしさなのであろう。

 

絶大な権力を持つ老人の「思いつき」によって主人公は力を得るわけで、それは別に社会的な公平さや正義によって彼女は救われているわけではない。そういう社会問題として「正しく」この物語が展開されていないところが、ある意味この作品の分かりやすさでもあるだろうし、誰でも(トランプ的反知性主義でも)この物語を受け入れることができる「良さ」になっている面はあるだろう。

 

本作は全てがサイコーな映画だというわけではないが、しかし手元で愛でたくなるような愛嬌があり、かわいげがある。好きな映画だなぁとしみじみと思った。